開業届を出せば、給与支払事務所の届出も一緒に済ませたことになる、と考えていました。
個人が新たに事業を始めて人を雇う場合、開業届(個人事業の開業・廃業等届出書)に「給与等の支払の状況」という欄があり、そこに記入すれば、別途「給与支払事務所等の開設届出書」を出さなくてよい、と理解していたためです。
ところが、国税庁のサイトで開業届と共に給与支払事務所の届出を調べてみると、以下のような記載がありました。
給与等の支払を行う事務所等を開設、移転又は廃止した場合の手続です。(「個人事業の開廃業等届出書」を提出する場合を除きます(令和8年1月1日以後に開設、移転又は廃止した場合を除きます。)。)
国税庁タックスアンサー No.2090「新たに事業を始めたときの届出など」より引用
気になって条文まで確認してみたところ、開業届だけでは給与支払事務所の届出を省略できなくなる、という改正があることが分かりました。
そこで今回は、この改正の内容と、いつから・誰に影響するのか、実務でどう対応すればよいのかを整理しました。
結論から述べると、
① 令和9年(2027年)1月1日以後に給与支払事務所を設ける個人は、開業届とは別に「給与支払事務所等の開設届出書」を提出する必要があると考えられます。
② 国税庁のタックスアンサーには「令和8年1月1日以後」との記載もありますが、条文上の施行日は令和9年1月1日でした。
それでは、本編へ。
これまでの取扱い ― 開業届で開設届を省略できた
給与支払事務所等の開設届出書は、給与の支払事務を取り扱う事務所を設けたときに提出する届出書です(所得税法第230条、所得税法施行規則第99条)。
もっとも、個人が新たに事業を始めて開業届(個人事業の開業・廃業等届出書)を提出する場合には、その開業届に「給与等の支払の状況」という欄があるため、別途この開設届を出さなくてよいことになっていました。
これは、所得税法施行規則第99条に次のように定められており、開業届(同条にいう「前条の届出書」)を提出すべき場合には、給与支払事務所等の開設届出書を省略できるためです。
(給与等の支払をする事務所の開設等の届出)
所得税法施行規則第99条、太字は筆者
第99条
国内において法第28条第1項(給与所得)に規定する給与等(以下この条において「給与等」という。)の支払事務を取り扱う事務所、事業所その他これらに準ずるもの(以下この条において「給与支払事務所等」という。)を設け、又はこれを移転し、若しくは廃止した者は、その事実につき前条の届出書を提出すべき場合を除き、法第230条(給与等の支払をする事務所の開設等の届出)の規定により、次に掲げる事項を記載した届出書を、その給与支払事務所等の所在地の所轄税務署長(給与支払事務所等を移転する場合には、その移転前の給与支払事務所等の所在地の所轄税務署長)に提出しなければならない。
太字部分の「前条の届出書」が開業届を指しており、開業届を提出する場合には、この開設届を省略できる、という建て付けです。
つまり、開業届が給与支払事務所の届出を兼ねていた、というわけです。
令和9年1月1日から何が変わるのか
今回の改正で、この施行規則第99条の「前条の届出書を提出すべき場合を除き」という文言が削除されます。
そのため、令和9年(2027年)1月1日以後に給与支払事務所を設けた個人は、開業届とは別に「給与支払事務所等の開設届出書」を、その事実があった日から1か月以内に提出する必要があると考えられます。
整理すると、次のとおりです。
| 給与支払事務所を設けた時期 | 開業届で省略できるか |
|---|---|
| 令和8年12月31日まで | できる(開業届の記載で足りる) |
| 令和9年1月1日以後 | できない(開設届を別途提出) |
これまで開業届1枚で済んでいたものが、令和9年からは開業届と開設届の2枚を意識する必要がある、というイメージです。
施行日は令和8年? 令和9年? ― 国税庁の案内と条文のずれ
この改正について調べる際に、少し紛らわしい点があります。
国税庁のタックスアンサー(No.2090「新たに事業を始めたときの届出など」)では、給与支払事務所等の開設届出書について「(『個人事業の開廃業等届出書』を提出する場合を除きます(令和8年1月1日以後に開設、移転又は廃止した場合を除きます。)。)」と記載されています。
これだけを読むと「令和8年1月1日から」のように見えます。
しかし、実際の条文(所得税法施行規則第99条)の改正は、後述のとおり令和9年1月1日施行とされています。
この差が生じている理由は、はっきりとは分かりませんが、同じ改正省令の中で、隣の第98条(開業届)の改正が令和8年1月1日施行とされているため、その日付と取り違えられている可能性があると考えられます。
いずれにしても、条文上の施行日は令和9年1月1日です。
なお、この改正は「令和9年1月1日以後に新たに給与支払事務所を設ける場合」の取扱いです。すでに源泉徴収義務者として届出を済ませている方(納期の特例を提出済みの方など)については、この改正によって新たに何かが必要になるわけではありません。
改正の根拠 ― 令和5年度改正(令和5年財務省令)
この改正は、令和5年度税制改正で行われたもので、根拠は「所得税法施行規則の一部を改正する省令(令和5年財務省令、令和5年3月31日公布)」です。
同省令の附則第1条第5号で、第99条の改正規定は令和9年1月1日施行とされています。
数年先の施行日があらかじめ定められていた、という形です。

条文の新旧を比べると、次のように文言が削られていることが確認できます。
上が改正後、下が改正前の条文になります。
- 改正後:「…廃止した者は、法第230条…の規定により…提出しなければならない」
- 改正前:「…廃止した者は、その事実につき前条の届出書を提出すべき場合を除き、法第230条…の規定により…提出しなければならない」

改正前に行った届出については、経過措置として、新たに何か対応が必要になるわけではないことが記載されています。

新旧対照表は財務省のサイト(令和5年度税制改正 省令)で、溶け込み後の条文はe-Gov法令検索で確認できます。
誰に影響するのか、影響しないのか
令和9年1月1日の改正での影響を整理すると以下のようになります。
影響すると考えられる方
- 令和9年1月1日以後に、開業(または事業所の新設)と同じ時期に人を雇い、給与を払い始める個人
これまでは開業届で省略できていたケースですが、令和9年からは開設届の提出が必要になると考えられます。
影響しないと考えられる方
- 人を雇わない一人親方・フリーランス
そもそも給与を払わなければ源泉徴収義務者ではなく、給与支払事務所の届出自体が不要です。
したがって、令和8年・令和9年のどちらであっても影響はないと考えられます。
なお、本記事は個人(個人事業者)を対象としています。法人は開業届の仕組みがないため、取扱いが異なります。
実務でどうすればよいか
令和9年1月1日以後に開業して人を雇う個人事業者は、次の点を意識しておくとよいと考えられます。
- 新たに人を雇って給与を払う場合は、開業届(新規開業のとき)に加えて、給与支払事務所等の開設届出書を提出する
- 開設届の提出期限は、給与支払事務所を設けた日(人を雇い始めた日)から1か月以内
- 提出は、書面のほかe-Taxでも可能
これまで「開業届に書いておけばよい」と覚えていた方は、令和9年からは開設届が別途必要になる点に注意が必要です。
(考察)改正の背景 ― 人を雇わない働き方の広がり
ここからは私見になりますが、この改正の背景には、副業など人を雇わずに事業を行う働き方が広がったことや、業務委託という形で仕事を依頼するケースが増えたことがあるのではないか、と考えています。
かつては、「開業する=店や事務所を構え、人を雇って事業を始める」というイメージが一般的でした。
そのため、開業届に給与の支払状況を書き、そのまま給与支払事務所の届出を兼ねる、という一体的な仕組みが、実態にも合っていたと考えられます。
しかし近年は、フリーランスや業務委託を中心に、開業しても人を雇わない個人が増えています。
その結果、開業届を出しても「給与等の支払の状況」欄が空欄、というケースが多くなってきたと考えられます。
そうなると、「開業届=給与支払事務所の届出」という前提が、実態と少しずつ合わなくなってきます。
人を雇わない人まで含めて一体で処理するよりも、実際に給与を払う人だけが開設届を出す形にした方が、源泉徴収義務者を正確に把握・管理しやすくなります。
おわりに
今回の改正は、これから人を雇う個人事業者にとって、届出の手間が1枚増える、という内容です。
金額に直接影響する改正ではありませんが、提出漏れがあると後から指摘を受けることもあるため、令和9年以降に人を雇う予定のある方は、頭の片隅に置いておくとよいと考えられます。
参考文献
条文
所得税法第229条
所得税法第230条
所得税法施行規則第98条
所得税法施行規則第99条
国税庁HP
タックスアンサー No.2090 新たに事業を始めたときの届出など
A2-7 給与支払事務所等の開設・移転・廃止の届出
財務省
令和5年度税制改正 省令 所得税法施行規則の一部を改正する省令 新旧対照表https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2023/syourei/shinkyu/2shotoku.pdf


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