最近、農業所得について調べる機会がありました。
その中で、特によく分からなかったのが「収穫基準」という考え方です。
農業所得では、一定の農産物について、販売した時ではなく「収穫した時」の価額を収入として計上するという、通常の商品販売とは少し違った考え方があります。
ここで疑問に思ったのが、
「まだ売ってもいない農産物の価格を、収穫した時点でどうやって決めるのか?」
ということです。
農業所得について書かれた基本書を読んでみましたが、「収穫時の価額で計上する」という説明はあっても、実際にその価格をどのように決めるのか、いまひとつイメージできませんでした。
そんなとき、SNSで他の税理士の先生から農業所得について書かれた本をおすすめしていただきました。
実際に読んでみると、収穫基準だけでなく、「なぜ農業所得ではこのような計算をするのか」という部分についても、なんとなく理解が深まりました。
今回は、その本を読んで特に印象に残ったことを書いてみたいと思います。
結論から述べると、
① 収穫価額や自家消費、棚卸しの評価額について、実務では某組合の価格を参考にする方法がある
② 農業所得の計算は、農産物ごとの原価を正確に計算することよりも、税務上どのように所得を把握するかという側面が強い
それでは、本編へ。
収穫基準とは何か
まず、収穫基準について確認します。
所得税法第41条で以下のように規定されています。
(農産物の収穫の場合の総収入金額算入)
所得税法第41条第1項 農業を営む居住者が農産物(米、麦その他政令で定めるものに限る。)を収穫した場合には、その収穫した時における当該農産物の価額(以下この条において「収穫価額」という。)に相当する金額は、その者のその収穫の日の属する年分の事業所得の金額の計算上、総収入金額に算入する。
第2項 前項の農産物は、同項に規定する時にその収穫価額をもって取得したものとみなす。
太字は筆者
つまり、対象となる農産物については、「売ったときに初めて収入になる」という考え方ではなく、「収穫した時点で一度収入として計上する」という考え方になっています。
そして、その農産物は、収穫時の価額で取得したものとみなされます。
例えば、収穫時の価額が10万円だった場合、収穫した年に10万円を収入として計上し、その農産物を10万円で取得したものとして扱うイメージです。
その後、その農産物を販売した場合には、販売価格との差額が収入として計上されることになります。
ここまでは条文を読めば分かります。
私が分からなかったのは、「では、その収穫時の10万円をどうやって決めるのか」という部分でした。
農業所得についての基本書も読んでみましたが、収穫価額については条文の説明や、いわゆる「えいや」で価格を決めるような記載はあるものの、実際にどの価格を使えばよいのかという点については、あまり参考になりませんでした。
収穫基準とは少し話が異なりますが、自家消費については、評価額について一定の目安が示されています。
所得税では、棚卸資産を自家消費した場合、取得価額以上で、かつ、通常の販売価額のおおむね70%以上の金額を収入として計上していれば、その金額によることが認められています(所得税基本通達39-2)。
また、消費税では、棚卸資産を自家消費した場合、課税仕入れの金額以上で、かつ、通常の販売価額のおおむね50%以上の金額を対価の額として申告していれば、その金額によることが認められています(消費税法基本通達10-1-18)。
そのため当初は、仮にこれと同じような考え方をするのであれば、取得価額以上で、かつ、通常の販売価額のおおむね70%以上を収穫価額にすれば、なんとかなりそうな気がしていました。
しかし、収穫価額は「収穫時における生産者販売価額」によって計算することとされています。
そうなると、販売価格は時期によって変わると思いますし、実際には収穫したものすべてを売るわけではなく、食べられるものでも価格調整のために廃棄されるものもあるという報道を目にしたこともあります。
そうすると、収穫する都度、その時点の価格を記録できるものなのかという疑問が残ります。
「日本における農業簿記の研究」を読んでみる
農業所得について書かれた基本書を読んでも、考え方についての説明はあるものの、実際の申告でどの数字を使えばよいのかまでは、なかなかイメージできませんでした。
そこで、SNSでおすすめされた「日本における農業簿記の研究―戦後の諸展開とその問題点について―」を読んでみました。

この本は、戸田龍介先生の著書で、文献調査だけでなく、税理士などの実務家へのヒアリング調査を通じて、日本の農業簿記について研究したものです。
他の本との大きな違いとして感じたのが、「某団体」について触れられている点です。
一般的な基本書では、実際に農業をするうえで関わることの多い某団体について、あまり触れられていません。
一方、この本では、某団体との取引や農産物の価格なども含めて考察されています。
農業所得の収穫基準について
収穫価額を考えるうえで参考になったのが、評価額の扱いの変遷です。
過去には、収穫基準の参考となる評価額を国税庁が公表していたようです。
しかし今では、表向きにはそうした評価額は存在しないことになっており、某団体に確認すれば分かる可能性がある、ということが分かりました。
このほかにも、自家消費の計上方法や農業特有の仕訳など、実務を考えるうえで参考になる部分が数多くありました。
私が収穫基準について分からなかった原因は、収穫した農産物についても、通常の商品と同じように、一つ一つ正確な価格を求めなければならないと思い込んでいたことにありました。
この本を読んで、「個々の農家が収穫した瞬間の農産物について、一つ一つ市場価格を調査して評価するわけではない」と理解できました。
農業所得と原価計算
さらに、本を読んでいて印象に残ったのが、農業所得の計算方法そのものです。
私は当初、一般的な製造業と同様に、
「農産物を作るためにかかった原価を計算し、それを売上から差し引いて利益を計算する」
という考え方がベースにあると思っていました。
しかし、この本で日本の農業簿記や農業所得課税の歴史を確認すると、必ずしも農産物ごとの正確な原価を計算することだけを目的として、現在の仕組みが作られてきたわけではないことが分かりました。
戦後、申告納税制度が導入され、さらにシャウプ勧告を経て、農業についても、自ら記帳を行い、その記録をもとに所得を計算して申告するという考え方が、より強く求められるようになりました。
一方、当時の農業では、実際にかかった費用にかかわらず、政府が公定価格による買い取りを行っていたため、農家にとっては帳簿をつけて原価や利益を計算する必要性を感じにくい状況にありました。
そのため、農家自身が日々の取引を記帳し、実額で所得を計算して申告するという方法を根付かせること自体が難しい状況だったのだと思います。
また、当時は農家の数も今よりも多く、一件一件を見ていくことが難しい状態でした。
そのような中で、限られた時間で多くの農家から税を徴収するために、地域ごとの標準額を用いて、申告する際の目安となる所得を計算する方法が長く利用されてきたようです。
こうした歴史を知ると、農業所得課税の「収穫基準」の仕組みは、
「農産物一つ一つの利益を正確に測定する」
ことだけを目的とするのではなく、
「農業から生じた所得を、どのように把握して課税するか」
という徴税・税務上の側面が強かったと理解することができました。
このように歴史も踏まえて考えると、最初は不思議に感じた「収穫基準」についても、少し理解しやすくなりました。
おわりに
今回、農業所得について調べ始めたきっかけは、「収穫した時点の価格なんて、どうやって分かるのだろう」という単純な疑問でした。
条文や基本書を読むだけでは、イメージできませんでしたが、この本を通じて歴史や実務をたどり価格の考え方を知ることで、収穫基準についての理解がかなり深まりました。
また、農業所得の計算方法を、「正確な原価を計算するための仕組み」ではなく、「農業によって生じた所得を税務上把握するための仕組み」として見ると、収穫基準や自家消費の考え方も理解しやすくなると感じました。
参考文献
条文
所得税法第41条
通達
所得税基本通達39-2
消費税法基本通達10-1-18
書籍
戸田龍介『日本における農業簿記の研究―戦後の諸展開とその問題点について―』


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